庭 坂 に て
在りし日の大カーブを思う



昭和40年代の後半、奥羽本線と言えば秋田−青森の電化工事が取り沙汰され、C61の撮影地ばかりが話題に上って、福島−山形の電化区間はほとんど見向きもされていませんでした。
福島市からほど近い(各駅停車で2つ目)庭坂駅近くの大カーブは、今でこそメジャーな撮影地ですが、当時は農作業や山菜取りの人にしか会わない、辺鄙な場所でした。
私自身、特急「つばさ」の協調運転を知るまでは、ほとんど行ったことがありませんでした。
しかし、ここに通えば通うほど、スケールの大きな複線の大カーブに惹かれていったのです。

写真 1

大カーブにさしかかる423列車

上り勾配にかかり、モーターが唸り始めます。
ED78牽引のローカル列車は、ゆっくりと山を登り始めるのです。

1971.04.25 庭坂−赤岩にて


写真 2

上り線を行くモーターカー

おや、珍しい。保線用のモーターカーです。
庭坂駅に保線区が有ったので、そこの車なのでしょう。
今ではほとんど見掛けない、小さなタイプのモーターカーです。逆向きで下っていくので、運転が大変そうです。

1971.04.25 庭坂−赤岩にて


写真 3

下り「やまばと」山形行き

当時の奥羽線唯一の電車特急「やまばと」です。
「やまばと」は長い間ボンネットタイプの先頭車が使われ、皆に親しまれていました。
当時の特急列車は皆そうですが、食堂車を含む長大編成で貫禄がありました。

1972.08.31 庭坂−赤岩にて


写真 4

キハ58系「おが1号」

急勾配にかかると急行「おが1号」のスピードはみるみるうちに落ちてきます。
この列車は、ほとんど2エンジン車のキハ58ばかりで組成された、山越え用特別編成。
でも所要時間は、各駅停車の鈍行列車とほとんど変わりありませんでした。

1971.04.25 庭坂−赤岩にて


写真 5

キハ181系「つばさ」号

急勾配にかかっても、特急「つばさ1号」のスピードはあまり変わりません。
山岳線用に開発されたキハ181系の前にEF71がしっかり連結され、強力タッグを組んでいるからです。
排気煙の量が、その力闘振りを窺わせます。

1972.08.31 庭坂−赤岩にて


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